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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)1536号 判決 1990年10月08日

主文

一、被告らは、原告に対し、連帯して二八〇二万二三六九円及びこれに対する被告株式会社浜垣義商店については平成二年二月二七日から、被告有限会社サカエ興産については平成二年三月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、連帯して五三九五万七八四五円及びこれに対する被告株式会社浜垣義商店については平成二年二月二七日から、被告有限会社サカエ興産については平成二年三月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は、被告らの負担とする。

3.仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 当事者

(一)  原告は、不動産売買、賃貸等を業とする会社である。

(二)  被告株式会社浜垣義商店(以下「被告浜垣義商店」という)は洋傘の製造、加工及び販売、不動産の賃貸等を業とする会社である。

(三)  被告有限会社サカエ興産(以下「被告サカエ興産」という)は、不動産売買の仲介等を業とする会社である。

2. 本件売買契約

(一)  原告は、被告サカエ興産の仲介により、昭和六二年八月二六日、被告浜垣義商店との間で、別紙物件目録1記載の土地(以下「本件1土地」という)につき、これを最大限に活用して公法上の制限の範囲内の延べ面積一二七六・八九平方メートル程度の大きさのマンションを建築することを目的として、代金三億八六二六万円で売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という)。

(二)  本件売買契約締結の際、原告と被告浜垣義商店は、左記の合意をした。

(1) 公法上の制約による損害が発生したときは、その損害は売主の負担とする。

(2) 右(1)によって買主が本件売買契約を締結した目的を達することができないときは、これを解除することができ、この場合、売主は、受領済みの金員全額を即時買主に返還しなければならない。

(三)  原告は、本件売買契約締結時に手付金三九〇〇万円を支払い、昭和六二年九月一日、残代金三億四七二六万円を支払い、本件1土地の所有権移転登記手続を完了した。

3.(一) 本件1土地と別紙物件目録2記載の土地(以下「本件2土地」という)は、元来一筆の土地(面積九〇三・二八平方メートル、以下「分筆前の土地」という)であり、被告浜垣義商店が昭和六一年一月二一日、分筆前の土地を取得した。

(二)  分筆前の土地は、準工業地域にあり、建築基準法上容積率一〇分の三〇で、延べ面積二七〇九・八四平方メートルまでの建物の建築が可能であったところ、被告浜垣義商店は、昭和六二年五月一七日、本件2土地上に延べ面積二二四六・四九平方メートルの別紙物件目録3記載の建物(以下「本件建物」という)を建築した。

(三)  被告浜垣義商店は、昭和六二年七月六日、右土地を本件1土地と本件2土地に分筆した上で、同年八月二六日、本件1土地を原告に売った。

4.(一) 原告は、昭和六三年一月六日、本件1土地上に、マンションを建築すべく大阪市建築指導部審査課に建築確認申請書を提出した(以下「本件建築確認申請」という)が、被告浜垣義商店が本件建物を建築した当時の分筆前の土地を基準として建築基準法五二条に基づく容積率の制限が及び分筆前の土地上には延べ面積四六三・三五平方メートルの建物しか建築できないとの理由で、建築基準法一条の目的を達成するため右申請書の提出を差し控えることを要請するという行政指導を受けた(以下「本件行政指導」という)。

(二)  大阪市建築指導部審査課は、敷地の二重使用の防止等を目的として昭和四八年ころから住宅地図に建築確認がなされた土地を各年度毎に色分けして枠取りしてその日付を記入しておき、新たな建築確認申請が提出された時に右地図を過去にさかのぼって検討し敷地の二重使用の事実が判明すれば建築確認申請を保留させ、当事者の話し合い等で敷地の二重使用状態を解消させるように強い指導をするという方針を採っており、原告に対する本件行政指導もこれによるものである。

(三)  原告は、本件行政指導後、大阪市建築指導部審査課と交渉した結果、原告の本件1土地についての建築確認申請が受理され、平成元年一一月三〇日に建築確認がなされた(以下「本件建築確認」という)。

5. 被告浜垣義商店の責任

(一)  債務不履行責任

原告が本件行政指導を受け建築確認手続が遅れたのは、本件売買契約書一一条一項の「公法上の制約」に該当し、売主たる被告浜垣義商店は、これに基づいて生じた損害を賠償する義務がある。

(二)  不法行為責任

被告浜垣義商店は、建築基準法の容積率の制限を潜脱する目的を有しながらこれを原告に秘し、本件1土地を購入した原告が建築確認申請を出した場合本件行政指導がなされ、建築確認手続が遅れることを知り、あるいは重過失により知らずに本件1土地を売却したため、原告に本件行政指導によって本件建築確認が遅れるという損害を負わせた。

6. 被告サカエ興産の責任

(一)  債務不履行責任

被告サカエ興産は、不動産売買の仲介業者として、原告が本件1土地に建物を建築しようとすれば、本件行政指導を受け、建築確認手続が遅れる虞れのあること調査し、告知すべき注意義務があったにもかかわらず、これに違反して調査を怠り、右事情を告げなかったために、原告に、本件行政指導によって本件建築確認が遅れるという損害を負わせた。

(二)  不法行為責任

被告サカエ興産は、不動産仲介業者として、被告浜垣義商店の建築基準法の容積率の制限を潜脱する目的を調査の上看破し、本件行政指導を受け、建築確認手続が遅れる虞があることを原告に告知すべき注意義務があったのに、重過失によりこれを怠ったため、原告に損害を負わせた。

7. 損害

原告は、右容積率の制限により、本件1土地についての建築確認が遅れ、もって、本件1土地の売買代金三億八六二六万円、仲介料一一六五万円、所有権移転登記手続費用一八九万九四五〇円の合計三億九九八〇万九四五〇円につき、残代金決済日たる昭和六二年九月一日から建築確認がなされた前日たる平成元年一一月二九日までの八二一日間資金が固定され金利(商事法定利率年六分)相当分たる五三九五万七八四五円の損害を被った。

8. よって、原告は、主位的に、被告浜垣義商店に対し、本件売買契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として五三九五万七八四五円及びこれに対する債務不履行の後の平成二年二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、被告サカエ興産に対し、仲介契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として五三九五万七八四五円及びこれに対する債務不履行の後の平成二年三月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的に、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として五三九五万七八四五円及びこれに対する被告浜垣義商店については不法行為の後の平成二年二月二七日から、被告サカエ興産については不法行為の後の平成二年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

(被告浜垣義商店)

1. 請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2. 同2の各事実のうち、原告のマンション建築目的を否認し、その余を認める。

3. 同3の各事実は認める。

4. 同4の各事実は不知。本件1土地が本件建物の敷地の一部として既に建築確認されていることは、本件建築確認手続の審査の対象とはならず、原告は本件行政指導に従う必要がなかった。

5. 同5の各主張は争う。

6. 同7の主張は争う。

(被告サカエ興産)

1. 請求原因1(一)の事実は不知、同1(二)の事実は認める。

2. 同2の各事実のうち、原告のマンション建築目的は不知、その余を認める。

3. 同3、4の各事実は不知。

4. 同6の各主張は争う。

5. 同7の主張は争う。

第三、証拠<略>

理由

一、当事者

1. 請求原因1(一)の事実は、原告と被告浜垣義商店との間で争いがなく、原告と被告サカエ興産との間においても、証人〓木英一(以下「証人〓木」という)の証言によってこれを認めることができる。

2. 同1(二)の事実は、原告と被告浜垣義商店との間で争いがない。

3. 同1(三)の事実は、原告と被告サカエ興産との間で争いがない。

二、本件売買契約

1. 原告が、被告サカエ興産の仲介により、被告浜垣義商店との間で本件売買契約を締結したことは、各当事者間に争いがなく、原告が本件1土地をマンション建築目的で買ったことは、証人〓木の証言によって認めることができ、また証人〓木の証言、同荒川猛(以下「証人荒川」という)の証言の一部によれば、原告は、マンションの建設と分譲を主な事業としていること、本件売買契約以前から被告サカエ興産にマンション建築用地の仲介を依頼しており、本件売買契約の前にも被告サカエ興産の仲介によって数件のマンション建築用地を取得していること、本件1土地の取得に際してもマンション建築用地の仲介を依頼していたこと、本件売買代金は本件1土地上に公法上の容積率一〇分の三〇の制限の範囲内で建物を建築できる土地として相当の価格であり、本件1土地に分筆前の土地を基準とした容積率の制限が及ぶ場合本件1土地の価格は本件売買代金の半値以下と評価されること、被告浜垣義商店は原告に本件売買代金決済時に本件1土地上にマンションを建築するのか尋ねていることが認められ、これらの事実によれば、被告浜垣義商店は、原告のマンション建築目的を知っており、原告と被告浜垣義商店は、本件1土地をマンション建築用地として売買したものと推認することができる。

2. 本件売買契約締結の際、原告と被告浜垣義商店との間で「公法上の制約による損害が発生したときは、その損害は売主の負担とする。公法上の制約によって買主が本件売買契約を締結した目的を達することができないときは、本件売買契約を解除することができ、この場合、売主は、受領済みの金員全額を即時買主に返還しなければならない。」という合意をしたこと、原告が本件売買契約締結時に手付金三九〇〇万円を支払い、昭和六二年九月一日、残代金三億四七二六万円を支払い本件1土地の所有権移転登記手続を完了したことは、各当事者間に争いがない。

三、請求原因3の各事実は原告と被告浜垣義商店との間で争いがなく、原告と被告サカエ興産との間においても、<証拠>によってこれを認めることができる。

四、<証拠>、弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六三年一月六日、本件1土地上に、マンションを建築すべく大阪市建築指導部審査課に建築確認申請書を提出しようと事前に相談したところ、同課担当職員より、被告浜垣義商店が本件建物を建築した当時の分筆前の土地を基準として建築基準法五二条に基づく容積率の制限が及び分筆前の土地の一部である本件1土地上には延べ面積四六三・三五平方メートルの建物しか建築できないとの理由で、建築基準法一条の目的を達成するため右申請書の提出を差し控えることを要請するという本件行政指導を受けたこと、大阪市建築指導部審査課は、敷地の二重使用の防止等を目的として昭和四八年ころから住宅地図に建築確認された土地を各年度毎に色分けして枠取りしてその日付を記入しておき、新たな建築確認申請が提出された時に右地図を過去にさかのぼって検討し敷地の二重使用の事実が判明すれば建築確認申請を保留させ、当事者の話し合い等で敷地の二重使用状態を解消させるように強い指導をするという方針を採っていること、原告に対する本件行政指導も、右方針に基づき、昭和六三年五月一〇日大阪市長名で被告浜垣義商店に対し、九〇日以内に本件建物の延べ面積の敷地面積に対する法定の割合を確保する措置をとるように、建築基準法九条一項に基づき命ずるなどして、同法五二条違反の解消を働きかけ、同被告が右措置命令を履行するまで、原告に本件建築確認申請を差し控えるように要請したものであること、原告が本件行政指導後も大阪市建築指導部審査課と交渉を継続した結果、同被告が右措置命令を任意に履行する見込みがないことが判明した後の平成元年一〇月末に原告の提出した本件建築確認申請に係る建築物の建築確認申請が受理され、平成元年一一月三〇日に建築確認されたことが認められる。

五、被告浜垣義商店の責任

建築基準法は、「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資すること」を目的として(一条参照)、建築物の構造耐力の安全確保に関する基準、防火、避難に関する基準、建ぺい率、容積率、高さ等の形態に関する基準等を定め(二章以下参照)、これらの基準を遵守させ、右目的を達成するために建築確認制度を規定している(六から九条参照)。建築確認制度は違反建築物の防止対策であるから、建築確認の結果と実態とが一致するのが望ましいのであり、右四に認定した大阪市建築指導部審査課の方針及びこれに基づく本件行政指導は、その期間や方法からして、適法なものであり、原告が本件行政指導に従ったことも已むを得ないというべきである。

そうすると、本件建築確認が遅れたのは、建築基準法の右目的を達成するためになされた本件行政指導に基づくものであり、本件行政指導は本件売買契約書一一条一項の「公法上の制約」に準じるものというべきである。

従って、売主たる被告浜垣義商店は、本件売買契約に基づき、本件行政指導によって生じた原告の損害を賠償する責任がある。

六、被告サカエ興産の責任

被告サカエ興産は、前記二1に認定したとおり、原告からマンション建築用地の仲介を依頼されたのであるから、売買契約の仲介を行う業者として、マンション建築が可能な土地かどうか容積率の制限について調査するばかりか、本件行政指導を受け建築確認手続が遅れる虞れがないか調査し、その結果を原告に告知すべき契約上の義務があったというべきであり、このことは依頼者たる原告が不動産業者であっても特段の事情がない限り異ならない。

証人荒川の証言によれば、被告サカエ興産は、本件1土地を仲介する際、本件1土地の用途制限等について全く調査しなかったことが認められ、被告サカエ興産は、右契約上の義務に違反して調査を怠り、本件1土地にマンションを建築しようとすれば本件行政指導を受け建築確認手続が遅れる虞れがあることを告知しなかったために、原告に損害を負わせたというべきである。

七、損害

原告は、昭和六三年一月六日、本件建築確認申請書を提出したこと、平成元年一〇月末に再度建築確認申請書を提出したところ、約一か月後の平成元年一一月三〇日に建築確認がされたことは前記四認定の通りである。

また、証人〓木の証言によれば、建築確認申請書を提出してから建築確認されるまでの期間は、通常約三週間であることが認められる。

そうすると、原告は、本件行政指導がなければ、本件建築確認申請書を提出した昭和六三年一月六日から一か月後の昭和六三年二月六日には建築確認がされたというべきであり、本件行政指導により本件売買契約の目的たるマンション建築の作業が遅れた期間は昭和六三年二月六日から実際に建築確認された平成元年一一月三〇日の前日の同月二九日までの一年二九七日間というべきである。

原告は、右一年二九七日間、本件売買契約の代金三億八六二六万円の金利相当分(商事法定利率年六分)である四二〇三万三五五四円の損害を被ったというべきである。

なお、仲介料一一六五万円、所有権移転登記手続費用一八九万九四五〇円の合計一三五四万九四五〇円は、本件1土地取得のために必要であった経費であり、本件行政指導によりマンション建築が遅れ本件1土地を利用できなかったことと資金の固定とは相当因果関係にないというべきである。

八、過失相殺

ところで、一項のとおり原告は不動産売買等を業としており、前掲甲第二ないし四号証、四項認定の事実及び弁論の全趣旨によると、原告も不動産売買等の業者として、本件1、2土地の分筆経過や現地調査などにより、本件1土地に建物を建築しようとすれば、本件行政指導を受け、建築確認手続が遅れる虞れがあることを容易に知りえたのに、漫然と本件売買契約を結んだ過失があるものと認められ、この過失を斟酌すると、被告らが損害賠償義務を負うのは、七項の損害の三分の二の二八〇二万二三六九円とするのが相当である。

九、結論

以上により、原告は、被告浜垣義商店に対し、本件売買契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として二八〇二万二三六九円及びこれに対する債務不履行の後の平成二年二月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、被告サカエ興産に対し、仲介契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として二八〇二万二三六九円及びこれに対する債務不履行の後の平成二年三月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

物件目録<略>

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